ウクライナでの戦争により一次産品価格が上昇。世界の経常収支が今年、一段と拡大する一因となるだろう。
長引くパンデミックとロシアのウクライナ侵攻は、世界経済成長への後退につながっている。パンデミックと戦争は貿易や一次産品価格、資金の流れに影響しており、これらすべてが経常収支の動向を変えている。
最新の対外セクター報告書(ESR)によると、世界の経常収支(全ての国の対外赤字と黒字の総額)は2年連続で拡大 している。経常収支は長年にわたり縮小した後、2020年に世界の国内総生産(GDP)の3%に拡大し、昨年はさらに3.5%へ拡大。今年も再び拡大すると予想されている。
経常収支が拡大すること自体が必ずしも悪いとは限らない。しかし、過剰な経常収支(人口動態や所得水準、潜在成長率などの各国の経済ファンダメンタルズや、改定されたIMFの手法を用いて設定した望ましい政策が変わったことによって正当化されない部分)は、貿易摩擦と保護主義的姿勢を助長する可能性がある。これは、国際的な経済協力の拡大を推し進める取り組みを後退させることとなり、通貨や資本フローが混乱するリスクを高める可能性もある。
2021年のパンデミックの影響
パンデミックによって世界の経常収支が拡大した。各国への影響の度合いは、その国が観光や医療品の輸出国か輸入国かなどによってまちまちだ。
パンデミックとそれに伴うロックダウンにより、旅行や娯楽への出費が減り、消費がサービスから商品へ移行した。赤字を抱える先進国が黒字の新興市場国からのモノの輸入を増やすにつれて、世界的な経常収支が拡大する要因となった。2021年は、この変化が米国の赤字を国内総生産(GDP)の0.4%増やし、中国の黒字をGDPの0.3%押し上げる一因となったと推定する。
中国のような黒字国は、米国などの赤字国への医療品の出荷が増えたことも黒字拡大の要因となった。輸送費の高騰も、2021年の世界の経常収支が拡大する一因だった。
2022年の戦争と金融政策の引き締め
一次産品価格は対外収支の最大の要因のひとつである。原油価格が昨年、パンデミックの安値から急上昇したことは、輸出国と輸入国に対照的な影響を与えた。2月に起きたロシアのウクライナ侵攻は 、 エネルギーと食品、その他の一次産品価格の高騰を悪化させ、一次産品輸出国の黒字を押し上げることで世界の経常収支が拡大した。
インフレ率の上昇に伴い多くの中央銀行が金融刺激策の縮小を加速しており、こうした金融政策の引き締めが通貨の動きを変えている。米国の金融引き締めのペースに対する見通しが改定されたことを受け、今年は通貨が大幅に調整され、経常収支が拡大するとの見方が広がる一因となった。
2022年の新興国市場への資本フローは、戦争に端を発したリスク回避の高まりによって混乱した。先進国における金融引き締めのペースが加速する中で、資本が一段と流出している。新興国市場からの流出額は累積で約500億ドルと非常に大きく、2020年3月の流出に匹敵する規模であるが、流出ペースは当初より遅い。
来年以降は、パンデミックと戦争の影響が和らぐにつれ、世界の経常収支が徐々に縮小するとの見通しだが、これには大きな不確実性が伴う。赤字国の財政再建に予想以上に時間がかかった場合、世界の経常収支は拡大し続ける可能性がある。さらに、ドル高により米国の経常赤字が増え、世界の経常収支が拡大することが考え得る。
経常収支を広げる可能性のある他の要因としては、戦争が長引き一次産品価格が長期にわたって高止まりすることや各中央銀行の金利上昇ペースの格差のほか 、経済の細分化やサプライチェーンの混乱、国際通貨システムの再編を引き起こす可能性のある地政学的緊張の高まりが挙げられる。
細分化された貿易システムは、貿易ブロックがどのように再構成されるかによって、世界の収支を左右する。いずれにせよ、貿易システムの細分化は技術移転を抑制し、低所得国における輸出主導型の成長の可能性を押さえ込み、グローバリゼーションによる福祉の恩恵を大きく蝕むことになろう。
政策の優先課題
ウクライナでの戦争は、インフレとの戦いと経済回復の促進、また、影響を受けた人への支援と財政バッファーの再構築など、政策当局者の既存のトレードオフを悪化させている。多国間協力は、人道危機への対処を含め、パンデミックと戦争によって出てきた政策課題に対処する上で重要である。
対外収支の均衡を取り戻すための政策は、個々の経済の状況やニーズによって異なる。米国など、巨額の財政不足を反映した妥当な水準を上回る経常赤字を抱える国では、歳入の増加と支出の減少を組み合わせて政府赤字を削減することが重要だ。
ドイツやオランダのように過剰な黒字を抱える国にとっては別の方策が良いだろう。公的および民間の投資を奨励し、過度の民間貯蓄を阻止する改革を強化することによって黒字を削減することができる。一部の新興市場においては社会的セーフティネットを拡大することで必要以上の民間貯蓄を妨げられるだろう。
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ジョバンニ・ガネリはIMF調査局のシニアエコノミスト。以前はIMFアジア太平洋地域事務所(OAP)の次長やサモアのミッションチーフ、アジア太平洋局のマレーシアのシニアデスクを務めた。IMFの財政局と欧州局、能力開発局でも勤務した。これまでにアジアとアフリカ、欧州へのIMF訪問団に参加。研究課題は、財政政策、構造改革、対外セクターの問題に焦点を当てている。Journal of International Economics、Economics Letters及びthe Journal of Economic, Dynamics and Controlなどの雑誌に論文が掲載されている。
パウ・ラバナルはIMF調査局の課長補佐であり、2018年から対外セクター報告書に携わっている。2002年からIMFでのキャリアを開始。金融資本市場局、西半球局、中東・中央アジア局、IMF能力開発局の部門でも勤務した。ポンペウ・ファブラ大学(バルセロナ)で経済学の学士号を、ニューヨーク大学で経済学の博士号を取得。研究分野は、金融政策、マクロ・プルーデンス政策、開かれた経済のマクロ経済学、対外的な脆弱性の分析など。
ニーム・シェリダンはIMF戦略政策審査局対外政策課の課長補佐であり、対外バランス評価(EBA)ライトモデルや準備高の適正評価など、IMFの対外セクター評価のあらゆる側面に関する取り組みを主導する。IMFでのキャリアを開始して以来、オーストラリアとエストニア、フィジー、マレーシア、モルドバ、シンガポールなどさまざまな経済を担当し、サモアのミッションチーフも務めた。ジョンズ・ホプキンス大学で経済学の博士号を、ユニバーシティ・カレッジ(ダブリン)で経済学修士号を取得している。